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今夜眠れないのは、さっき飲んだお茶と夕方に仮眠したせい。それだけではないことくらい章江にはわかっていた。
明日が見えない。今日をどうにか生きている。 今日をどうにか過ごせば、明日の朝がやってきて明日の夜がやって来る。暫くのインターバルがやって来る。 どう逃げるか? 女なら簡単な筈じゃなかったっかって?虚な影に聞いてみる。 章江の前にいる影は何にも答えずにただボンヤリ佇んでいる。 かき消してもかき消しても何度でもやってくる奴だ。 いつの間にかそいつはやってきて、章江のそばに立っている。 闇のエキスを山ほど孕んで、章江の上から覆い被さろうとしてくる。 逃亡一週間目、体力も金銭的にも厳しい。マンガ喫茶で、一夜を明かすのは慣れっこになっていた。 前にいた仕事はもう辞めた。 やめたと言うよりも飛んだ。 会社の同僚からはいぶかしく思われたろうが、仕方ない。 借金取りは仕事場まで潜り込んでくる。 朝からバイトして、夜はまたマンガ喫茶へ帰る生活。 夢から夢へ渡る蝶のような生活は夢のまた夢なんだろうか。でも考えてみれば、それもまた夢の中の話。毎日が夢から覚めない。悪酔いした太陽を毎日見ている感じがする。 章江には、何だかわからない毎日をこなして行くだけのように見えた。 小さな船があるとするなら、もがいてももがいても、その船は先へ進めない、そんな船だ。 章江には、ただ、どうすることも出来ない。 時々畳に寝ている夢を見ることがある。 自分が実家の居間で仰向けで寝ていると、母が起こしに来る。柔らかな午後の光が開いた玄関口から流れ込んできている。何故だか母は、その場所から章江を起こしに来たらしい。母の香りが、母の後を追うように入り口から風に運ばれて漂ってきた。 「あきちゃん、仕事行かないでいいの?大丈夫?」 母は、章江の部屋のどこかで章江を起こしていたが、章江には居場所がわからない。 あちこち見回したが、母の姿は部屋中で見つからなかった。それでも、章江の母は部屋の中で章江を起こしている。 「あきちゃん、仕事行かなきゃ。起きなさい。」 母を探す章江。何も見えない。 そう思っていると、目が覚める。 暗いブースに章江はただ一人、ファッション雑誌をお腹に開いて乗せて、眠っていた。 時計を見るとまだ三時過ぎぐらいで、章江は、もう一度だけ眠りにつく、次に起きるのは、出勤する一時間半くらい前だ。 そしてまた起きて、また眠る。 章江は、最近ちゃんと眠った記憶がない。眠るということは、とりあえず体の疲れを取ることとしか、認識出来ない。生きるということは、寂しくつらいとしか、章江が認識出来ないように。 男たちは、結局私をなぶり者くらいにしか考えない。夢に夢見て生きられたら、素晴らしいと思って生きてみたが、だめだ。 男は私を相手にせず、いつの間にか、捨てていった。 どこかのお笑い芸人のネタではないが、章江と一回遊んだことのある男の携帯に章江が電話をすると必ず話し中になっていた。 今思えば、いい思いを出来たのは、若かったか金を持っていたか、どっちかだった。どちらも失った彼女には、夢は夢のままだ。 彼女は今夜もぼんやり考えた。「夢なんて、みるんじゃなかった」しかし、そう考えても初めから無理な話。 PR |
残業は嫌いだった。
斉藤は残業が本当に嫌いだったのにその日残業してしまったことに深い悔いを感じている。 ただ、その日はいろんな訳があった。 残業せざるを得なかった理由としては、派遣された編集プロダクションの納期が間に合わなかったこと。 そして、台風で電車が止まってしまったことの二つが主だった理由だった。 いつもは定時であがっているのにその日の斉藤は、終電間際になってもあがれる気配がない。雨が、窓に容赦なく叩きつけている。 もうじきこの窓雨で割れるんじゃない? 誰かが、部屋のどこかでそんなことを言っている。 斉藤のゲラは、なんとなく行き詰っていた。 三十三ページから三十五ページのデザインがどうしても上手くまとまらなかった。でも、思考回路は十時を廻った頃に鈍くぎぎぎぎぎという音を立てて止まったまま動いていない。 どうしたものか、いろいろ考えているうちにお腹まで痛くなってきた。 「ちょっとトイレに行ってきます。」 斉藤は立ち上がり、トイレに向かった。 編集室の扉を開けると少し暗い廊下がある。 編集室よりも明らかに暗いのは、多分蛍光灯が古いせいだろう。 インクと紙の匂いが、いかにも編集プロダクションらしい。 廊下へ出るとそのちょうど真前がトイレになっている。 扉を開けようとしたら、後ろの扉が開いて、最近仲良くなった美人の三木さんが、 「あ、トイレ壊れてるから、他の階に行ってくれって、さっき誰かが言ってましたよ。」 と教えてくれた。 斉藤は、礼を言うと、そのトイレの扉の横にあった階段で上の階へ向かった。 上の階は廊下に電気すらついていなかった。 斉藤は少し寒気を感じて、電気のスイッチを探した。 階段を上りきった左角にスイッチはあった。 そのスイッチをつけると意外や意外。下の廊下よりも明るいではないか。ただ、不思議なことに、その階のトイレは、階段の横にはなかった。 (あれ?どこ?どこ?どこ?どこ?) 冷たい空気の廊下を見ると突き当たりにWCの文字のある場所が見える。 (ああ、あれだ。) 斉藤は、そのままトイレにかけこんだ。 もうかなりの限界が、斉藤の腹部を襲っていた。 そのまま、個室の扉を閉め、ズボンを下げる。 さっきまで、ちょっとつらい気持ちだったのにそれが一気に開放に向かった。しかも、斉藤の大好きな洋式便所だ。気分が倍に良かった。 トイレットペーパーを引き出して、それをたたみ、しりを拭う。この快感に少し酔ってしまう斉藤が個室の中にいた。 ここまでは良かった。ここまでは、斉藤の思惑通りだった。 しかしこの次の瞬間、不思議なことが起こり始めた。 まず、立ち上がる前に、いきなりトイレの水が流れた。 斉藤の排泄物と濡れて水に溶けかかった紙を便器は吸い込んで行った。 おかしいな。と斉藤が思った瞬間に次の現象は起きた。 立てない。 斉藤が、その不思議な便器を覗き込もうと立ち上がろうとしたのだが、力という力が入らない。 何がなんだか、斉藤にはわからなかったが、その次の瞬間に無防備な斉藤の性器にあてがわれる何かの感触があった。 手だ。 どうにか動かせる眼を下へ向けると自分の股間を女性の手が動いているのがわかった。 細くしなやかな指が自分の性器を撫で回した。 下から上へ上から下へ細い指は触るか触らないかという静かな疼感を性器に与えながら、ゆっくりと恐怖におののく斉藤の性器を撫でた。 その刺激は、やがて斉藤の恐怖心とはまったく別のものとして、斉藤の性器に生殖への欲求を与えた。 募る恐怖は、更にも増しているのに、斉藤の性器はそれに比例するように 疼感を得ている。それを知っているかのように手は、斉藤を焦らした。 もう少し、もう少し…。斉藤の性器はまるで別の人格を持っているかのように手にそれを欲求する。 そこに同時にこんな手から解放されたいという欲求が斉藤にはあった。 やがて、否応なくその限界を性器が感じるときがきた。 斉藤の目の前に一瞬暗闇が見えた気がした。 暗闇の中に白い光が射した。 意識が遠のいた感じがする。 すると、そのままの体勢で、斉藤はトイレの扉の外に急に突き飛ばされた。 扉も壁も、すべてをすり抜けて、斉藤は、いきなりさっきやってきた廊下に転がった。 そこには闇もなく明るい蛍光灯の廊下が広がっているだけだった。 斉藤は、訳がわからない。 ふと見ると、まだズボンもパンツも上げずに倒れている。 急いで、身だしなみを整えると、立ち上がり、後ろも振り返らずにその階から走り去った。 実は、この後日談というのがあって、実は、この怪奇現象は、斉藤の残業の日には必ず起こるようになるのだが、それはまた別の話。 |
世界が滅びるというその日は、ごく普通の日のようにやってきた。
なんとか座の流星群が大量に地球にぶつかり、それが小惑星の衝突を誘発するから、明日の朝には人類は滅亡しますと言われた。 ただ、ずっと言われ続けていたらしくみんな特に慌てているような人は居なかった。淡々と集まり、明日の準備なんかを話した。 じゃあさとしくんは明日は、その様子を記録してね。と言われ、あ?と空をぼんやり見ながら半分上の空で僕は答えた。どうせみんな死んでしまうのだから、とも思ったけれど死んでしまうのだったら別に残しても残さなくてもどちらでもいいので、とりあえず残す係りは承諾することにした。 ぼくたちの線路移動型アパートは、ゆっくりと東へ向かっていた。 穏やかな午後の日差しを受けた町並みが何事もないかのように目の前を通りすぎる。 アパートが走るのを止めたら多分、子供たちの遊ぶ声が聞こえるだろう。 雀も鳴いているだろう。 眠くなったので少しうとうとするつもりだったが、突然誰かに起こされて目が覚める。 「外、見てごらん。」 驚いて起きれば、近くに見える高層ビルの合間に見渡す限りの星、星、星だ。 夥しい数の星に、少し吐きそうになる。 僕は、それを書き留めようと近くに紙を探した。ちょうど天の川を撮影したという昔の雑誌の切り抜きがあって、四方に余白があった。そこに急いで絵と状況を説明する文字を入れた。 「来るよ。」 テレビを見ていた女の子が叫ぶ。空が何故か一瞬にして青くなった。無数の細かい光の点が、空中に浮かぶと、それがまるで昼間の花火のように破裂して雲を作る。 流星が大気圏にぶつかるとき、勢い余るとその様な雲を作ると雑誌で昔読んだことがあった。 青空と雲。 文字に書けば、柔らかな世界を想像出来る。 でも、世界は終わろうとしていた。 雲の数は増え続け雲が出来る度にぼうんという音が聞こえた。 それが連なって、まるでマシンガンか、ガトリングのような音になった。 部屋の奥で誰かがテレビを見ている音がする。 線路を車輪が回る音も聞こえた。 僕たちは、その音のひとつひとつを楽しんだ。踊りだしたい気分にもなった。 みんなで、外の世界を見た。 それは、とても楽しかった。 二、三時間も過ぎた頃、少しずつ空が暗くなるのをみんなが感じた。 ああ、もうその時かと少しずつ寂しくなった。 少しずつ、少しずつ。 ところが、テレビを見ていた誰かが切り裂く様に叫んだ。 「小惑星、逸れた。」 部屋中が、どよめいた。 部屋の中にいた全員が、テレビに駆け寄る。 テレビでは、この惑星の全体図と、それに右側から赤い矢印が何本か、惑星に向かう方向で描かれていて、その図を見ながら、どのような経緯で小惑星の衝突を免れたのかをアナウンサーが話していた。 僕たちは最初、胸がぐらぐらと煮たっている様になっていた。 けれども、少しずつ少しずつ時間が経つにつれテレビから目を反らし始める者が増えた。 テレビから目を反らした者は、みんなまた空を見た。 さきほどの雲は、風に流され、漁師の投網のようだった。 漁師の投網は、捕まえる魚もなく、ただ流されるばかりだった.。 |
僕は、青い色を白い壁に塗っていく。
壁は、青く踊りだしそうになっている。音楽やリズムが青にはありそうだ。色が重なることで濃くなり、色がぼやけて薄くなる。 壁に塗られた青のかすれ具合はまるで砂地の風のようにも見えた。僕は壁からそのまま続く天井も青く塗ってゆく。 天井には無味な感じの蛍光灯が輝いている。その色はとても冷たく、そしてとてもさびしい。 色が加わったらいいだろうと思い、蛍光灯も青くしてみた。ところどころ濃さが違って海の底の様な景色が部屋全体を滑らかに伝わる。魚。そう、魚がいたほうが楽しそうだ。海藻も若芽も欲しくなる。この光の中で眠ることはもしかしたら最近流行のヒーリングなのかもしれないと思った。 少し、時間を停めてみる。そもそもこの部屋に時間があるのかどうなのかそこが疑問はあるけど、それを忘れてしまっている位にこの時間はとてもに美しくて甘い。 魚や海藻や小さな空気の珠を頭の中で空想するとちょっと息苦しい気もしてくるほど、この部屋は青い。 涙が出るかもしれない。ふと考える。でも、泣くほどの余裕は、今の自分にないかもしれない。 そういえばと思って自分の足元を見た。 床がそのまま木の色なのはかわいそうな気がしてきた。 (そうだ、床も塗ってあげよう。) 青い色に塗れたらとても素敵だ。 青をそっと床に落とす。小さな波紋が最初の一転を伝って床全体に広がっていく。 「やめて。」 意識の中に叫び声が届く。 一瞬、僕の体がすくむ。 それでもかまわず、僕は青を大きく広げようとした。 「やめて、そんな色じゃない。」 「やめて、そんな色じゃない。」 僕の意識を支配するような声だ。 青く塗るということが、本当に必要なのか。という問いにもにた声に聞こえた。 僕は、その声を遮る。 「黙れ、僕は僕の為に。」 その声を遮って僕は更に色を重ねようとした。 するとそのとき、僕の体の下に確実にあった床が、ショートした電球のように消えてしまって 深そうな穴がその下へ延びていた。 そんなはずはない。 けれどもその中へ僕はものすごい勢いで吸い込まれる。 ふと気がついたときには、僕はどこにいるのかもわからなかった。 |
くくくって、実は声をあげて笑いそうになったよ。
心の中では、笑っていた。同時に暗くもなったけど、でも笑って、俺お得意の解りやすいサディズムで声をかけるのだけはやめておいた。 君にだよ。 十年以上になる。あの地下のライブハウスで、最後に君にあった時に君は、すごく光に満ち溢れていた。月並みな言い方に違いないが、すごい力を感じた。 君は、あのライブハウスですごいイベントディレクターになっているものだと思っていた。 俺は、そのライブハウスから、香具師とともに出て小さな形で大きな仕事をする会社を作った。小さな光しか見えなかった。殆ど闇で、その闇から逃げるように数年後に自分で小さな仕事を始めた。そしてまた闇。闇から闇へ渡り歩くのが自分の商売なのかと誤解をするようにもなった。それでいいのだろうとなんとなく自分を納得させた。そんなものか、そんなものさ。笑顔なんぞ、すべて作りものだと思っていた時期も、様々なエネルギーに揉まれて地の底をくぐっていた時期もあった。血も舐めた。 それもどうにかやっと過ぎて普通の生活が始まりそうなそのとき、君を見つけたのだ。 笑える、すごく笑えたよ。目を疑った。 あのときの光なんかまるで見えない。 しみったれた君を見て、そんなはずはないと思った。 なんだその雑巾を顔に被らされたあとのような目は、そのみすぼらしい服装は。 今の自分とあの頃の君と、逆転したのだ。 少なくとも今の自分は、こんなにみすぼらしくはない。 大きなデパートで君は、お菓子の型を探していた。 店員にものを聞くのもオドオドとして、一体何なんだ? あの頃ならもっと攻撃的だったろうに。 何があったのか。 まあいいさ、ちょっと俺が自分の人生を悪くないと思っただけの話なのだから。 |