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桜の花びらが降ってくる。暗闇に花が咲く。白い。
「君は、眩しそうだね。真っ暗なのに、まるで、北国で裸眼でユキを見ているようだね。」 桜の花びらが降ってくる。暗闇に花が咲く。白い。 「ゆきって、自分の名前をそこに出すのは、どうかと思うよ。それに北国って…」 「ひひひ、いいじゃん。かけ言葉だよ。」 桜の花びらが降ってくる。暗闇に花が咲く。白い。 「でも、ユキと僕がここでふたりで寝ころんで、桜を見ているなんて、きっと誰も解らないね。」 「そうだねぇ。だってここにこんな木が生えてるなんて、誰も知らないからね。」 桜の花びらが降ってくる。暗闇に花が咲く。白い。 「月あかりだけで、桜を見るのって、なかなか僕も洒落た事考えるよね。」 「君の才能として、一応認めてあげる…。公園とかで、ぼんぼり吊してっていうの、私あんまり好きじゃないし…。」 桜の花びらが降ってくる。暗闇に花が咲く。白い。 「それに、公園じゃ、こんなことできないし…。」 「馬鹿だなあ、君は…。」 「その馬鹿とつきあってるのは、ユキだよ。」 桜の花びらが降ってくる。暗闇に花が咲く。白い。 「そうだね。今どんな感じ? 桜の花びらが降ってくる。暗闇に花が咲く。白い。 「今とっても気持ちが、いいんだけどさ。血が、なくなるって、なんだか眠くなるみたいな、そんな感じだね。とっても気持ちいいかも…。」 桜の花びらが降ってくる。暗闇に花が咲く。白い。 「そうなんだ…」 桜の花びらが降ってくる。暗闇に花が咲く。白い。 「ユキは、どう?」桜の花びらが降ってくる。暗闇に花が咲く。白い。 「私は、それも、あるけど、なんだかちょっと、寒いかも。あと、景色がぼんやりしてきたよ。」 桜の花びらが降ってくる。暗闇に花が咲く。白い。 「ああ、そうか。じゃあ、抱き合ってとかちょっと恥ずかしいから、手をつなごうか?」 桜の花びらが降ってくる。暗闇に花が咲く。白い。 「君はホントに馬鹿だなあ。そんな事したら、よけいに恥ずかしいじゃないか。」 桜の花びらが降ってくる。暗闇に花が咲く。白い。 「それじゃあ、おいで。」 桜の花びらが降ってくる。暗闇に花が咲く。白い。 「うん。」 桜の花びらが降ってくる。暗闇に花が咲く。白い。 「あ、ユキ、もう冷たいね。」 桜の花びらが降ってくる。暗闇に花が咲く。白い。 桜の花びらが降ってくる。暗闇に花が咲く。白い。 桜の花びらが降ってくる。暗闇に花が咲く。白い。 月が真上に白く上っている。風は、緩やかに草木を撫でている。 PR |
「海のかなたに捨てに行きました。」
佐藤は、そういった。 「海のかなたにいろんなものを捨てに行ったんです。」 佐藤はテトラポットの上に立ち、僕にそう語る。 風が強い。僕がかぶっているキャップは、最近の流行のもののように深く出来てはいなかったので、今にも吹き飛ばされそうになり、僕は、その上に掌を乗せてみる。 冬なのに、海岸線の日は、海の太陽特有の強さで、僕らに照りつける。 日差しが、少しだけ眼に痛い。 「辛かったんですね。佐藤さん、とっても辛かったんですね。」 僕は、風に消されないような大きな声で、佐藤に言った。佐藤は、何も答えずに、しゃがみこんだ。 バタバタと僕らの背後にある県道沿いの旗がたなびいている。 僕は、防波堤の欄干から、テトラポットに這い出ると、佐藤の脇に立った。佐藤は、ちょっと下に顔を向かせて、僕の視線を自分の顔に向けさせないようにした。 珍しく泣いているように見えた。 「なくしちゃいけないけど、失くさなくっちゃいけないものはけっこうあるんだよ。」 「佐藤さん、大好きだったんだ。」 佐藤が、その日、海のかなたに捨てたもののすべてを僕は知らない。でも、佐藤が捨てたものは、この海の水に溶けずに、どこかでまた佐藤がやってきて、佐藤が見つけてくれるのを待っているような気がしてならない。 |
歓楽街の灯がひとつひとつ消えてゆく。
あらゆる感情や、甘美な夢やタールのような闇が煙と一緒に消えてしまうように、サウナのボイラーから漏れる水蒸気が今日を告げる朝日の上り始めた空に消えようとしている。 清掃車が街に積もった埃を洗う。道路を磨く。この街は新しい一日を始めようとしていた。 客と食事をした帰り道。 女はタクシーを捕まえようと、気づかないくらいなだらかな坂道を大通りの方へあがって行く。 大きな紙バッグを肩から下げて、多少アルコールも助けてか、ゆっくりと坂道を歩く。大きく顔を隠すサングラス、赤茶色の髪の毛、黄色いトップレス、古着なのか、その上に羽織っているデニムは、少し黄緑色にくすんでいる。 何があったのかその顔すらよく解らないが、女の姿は夏の朝靄のように清々しい。顔も、よく見えないので何ともいえないが、つややかで凛としていた。 それが、いつも彼女がそうなのか、あるいは、いつもの彼女は違うのか? そこは解らない。けれども、その朝と夜の入り混じる光を浴びた彼女の姿は、何ともいえないほど神々しかった。 だから、どうという事はない。 女は大通りにそこにつけ待ちしている車に乗り込む。それまでのわずか数分の話。どうって事のない話だ。 車は朝日の中へ向かって走り出した。 |
煙草の煙が、宙に消えていく。
湯船の中の精液みたいなのが、煙草自体から昇る煙で、茸雲のなりそこないが、僕が吐いた煙だ。 木々の小枝すら揺らすことすら出来ない力ない夜風が、煙を僕から遠くに運んでゆく。 その煙の向こうから、寅縞の猫がまるで長くて高価なマントを羽織った王のようにゆったりとゆったりと現れる。 この寅縞の王の気をひこうと手を叩いたり足踏みをしたりしてみたが、王は、下賤の者には取り合わないといった風で僕の横を通り過ぎ、近くの植え込みへと入って行った。 何をしているのか、僕は気になり暗がりの中目を凝らして王の行方を追う。 寅縞の王は、地面に顔をうずめてその辺りの匂いを嗅ぎ回っている。 ここではない、ここではない。どこへ行ったのだ。 王は、あちこちをその鼻で探す。 やっとここという場所に巡り会ったのか、王は、その両足を器用に使いながらその辺りを掘り始めた。 いや、もう王の威厳など微塵もない。そこには、狂った野良猫がいるだけだった。 ある程度掘り下げると寅縞の王はその穴の上にしゃがみ込む。ああ、王は排泄したかったのだ。その顔はまた。落ち着き放ち王の顔に戻っていた。 すべては、煙の中の物語だ。 |
君は、あれからどうしていますか。
「あんたねえ、泥棒みたいな真似すんじゃないわよ。」 引っ越しの荷物を片付けに来た僕に不動産屋の女が言います。唖然としながら、僕は言葉を失いました。 どうこうしたくたって、出来るものじゃない。僕は今や実家すらないホームレスですよ。言葉は喉まででかかっていました。でも、何も言えなかった。 別に切れられてるのに逆ギレしたって…って思ったからです。 白熱灯のライトの下で、不動産屋と僕と僕の友達と大家の四つの影が揺れていました。でも、誰も身動きが取れなかったんです。 不動産屋の奥に控えていた大家のおばあちゃんがゆっくりと重い口を開けます。 「猿渡さん、あなたねえ、これ以上この老人に迷惑掛けないで頂戴よ。」 まるで誰もいない大伽欄にひとりで大声を出しているようです。 頭の中をわんわんとこだまする声、声、声…。 僕を罵る単語の数々を聞き飽きたのか、友達が話を挟んできました。 「まあ、あなた方の彼を責める気持ちも解らなくはないけど、ここを一刻も早く出ていくように指示したのは、あなた方だし、それに終わってからあいさつ行けばいいって彼言ってはいたから、なにも夜逃げみたいな事するつもりはなかったんですよ。」 「そんなもの、しんじられますか。今までずーっと逃げて来たんですよ、この人。」 こっちだって大変だったんだからと言いながら、僕の顔を眺めているのは、不動産屋の女でした。 僕は、そんな話とはよそに君の荷物を探しました、視線が泳ぐ限りに。 でも、君の荷物はもうなかったですね。 「さっちゃんだって、かわいそうよ。あんたの為にみんなから疑われて、居場所どこだって沢山電話掛かってきて。あんた、あのコの気持ちを考えたことあんの。」 不動産屋が怒鳴っているその声がそれまで僕の心に届かなかったのは、この話が出てこなかったからだったんですね。 その声で急に元我が家の玄関に連れ戻されました。 でも、怖くて君がどうしているのか、僕には聞けませんでした。 その日、どうにかその場は凌いで、荷物は無事に運び出しました。 しばらくして、その後君に電話をしたけど、君の番号は変わっていて繋がらなかった。 君は今、どこにいますか。 君は、あれからどうしていますか。 |