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弥生には最近気になる事があった。
それは、帰り道の銀杏並木の坂の下にここ数日いる同じ高校の制服男子の事だった。その男子は、名前を小田マコトという。昨日、廊下で彼を見かけた時にクラスの男子に名前だけは聞いた。 夏を遠く過ぎたせいか、彼の肌は抜けるように白い。 その小田が今日で三日連続、その坂の下にいる。前の二日は、銀杏の並木を上ったり下ったりしていた。 しかし今日は、坂の下から何かをスケッチブックに描いている。さすがに不審に思った弥生は、思い切って話しかけてみた。 「小田くんだよね? 隣のクラスの…。何してるの?」 小田は弥生と直接目を合わせない。 「あ、絵を…」 弥生には、その姿のどこかに小学生のような匂いが感じられた。半分しどろもどろ風な小田。弥生がスケッチブックを覗くと、銀杏並木の上に消えてしまいそうな雲という構図の絵だ。 「これ、小田くんが描いたの? うまいよね? すごいうまい」 弥生が小田の顔を覗く。小田は、その視線を外すように道端の縁石を見る。 弥生が、小田の手から半分奪うように取ったスケッチブックのページ一面に静かな秋の世界が広がっていた。 次は、何が描いてある? 気になった弥生が紙に指をかけたその時、 「ダメ! 絶対ダメ!」 小田の手が、スケッチブックを奪い返す。 「え? いいじゃん、他のもみしてよ!」 今までの静かな小田の雰囲気とはまるで違う表情がそこにあった。それは、怒りではなくむしろ困惑の表情だった。弥生は、その小田のまなざしに自分がどうすればいいのかを見失ってしまった。 「もういいよ! またね!!」 思い通りにならない気持ちをそのまま、弥生は口に出した。 「あ…」 小田は、小さく肩を落とした。そんな姿も見ずに弥生は力任せにその場を後にした。静かに銀杏の葉が坂を転がり落ちた。その音が 二人の間を遠ざけていった。
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風の強い夜だった。
わあわあと木々が悲鳴をあげていた。ざあざあと雨がふるように草花がすすり泣いていた。そんな夜だった。 終電で帰宅した。 飲んだくれた帰りじゃない。溜まった仕事を片付けた。 これで明日からちょっと楽になる。そう思いながら、家路を急いで歩いた。 僕の住んでいるアパートはちょっとした郊外にある。 住宅街ではあるものの、周りは森に囲まれている。自然が豊かと言えば、そうなるかも知れないけど、田舎と言い切ってしまえばそれまで。そんな場所だった。 帰って寝れば朝が来る。ただ、ちょっと疲れていた。 早く帰りたい、そう思って家路を急いだ。 郊外だから、というわけでもないかも知れないけど、家までの道のりはちょっと暗い。 暗いから、よくものが見えない事もある。でも、そのときはなんだかはっきり見えた。道端に小学校中学年位の子供だった。髪の毛は耳までで綺麗に切りそろえ、着ている黄色いシャツも半ズボンも凄くきちんとした感じの男の子だ。 その子がこんな夜中に道端にしゃがみ込んで何かしている。 僕はちょっと大人ぶりたくなった。 こんな夜中に子供ひとりで、危ないじゃないか。ふと、言いたくなって子供のそばに近づいた。 近づいて解ったことだけど、子供の前に段ボール箱があった。 中からばたばたという音とびしゃびしゃと沢山の鳴き声がしている。 何? 子供はその段ボール箱の中に両方の腕を突っ込んでいる。突っ込んだ腕は、肩の辺りから何やら動いていて、近づいてきた僕にもまるで気がつかないようだった。 一心不乱。 なんだかそんな言葉がとても似合っている。 いきなり声をかけ驚かそうと、子供の背後に立った。でも、まるでそのことには気がつかないように、子供はその段ボール箱を覗いている。こんなに集中していたら大丈夫だと思った。 僕は、子供の驚いた顔を想像して胸が高鳴った。 さあ、声をかけよう。 ふと思った瞬間、子供の顔がこちらに向いた。 ショックだった。子供は、僕の事を全部見ていたかのように実に当たり前の顔でこっちを見た。 子供にまで裏を読まれていたのかとがっかりした。 明日の朝きっと寝覚めがよくないなと思っていたら子供は僕の脳みそにさらにのしかかった。 「おじさん、ひよこっておいしいね。」 子供はそう言うと、両手に一羽ずつのひよこを掴みだし、一羽の方を首からいきなり食いちぎったかと思うと、もう一方を僕の鼻面に差し出した。 嬉しそうに笑う口元は、血でべとべとしていた。 顎に白く貼りついたものは、内蔵だったろうか。 僕は、おじさん疲れて眠いからと家路を急いだ。 風の強い夜だった。わあわあと木々が悲鳴をあげていた。ざあざあと雨がふるように草花がすすり泣いているような、そんな夜だった。 |
雨の日は、嫌いだと言う人の気が知れないとミチは言った。
雨の日に外にでるのは寒いから嫌だけど、部屋の中から窓を叩く雨を覗くのは最高の趣味だと声を大にして言いたいと、ミチはいうのだった。 雨粒が窓にぶつかる。ひとつ、またひとつ。 ひとつの粒が他の粒とくっついて、流れ落ちる。流れ落ちる時に小さな粒を吸収するから、その重みで加速度が増す。 色々と重くならない方が、窓枠の下まで、届くのが遅いのだ。「人みたいだね。」僕が呟くと、ミチは怒ったような顔をして、僕の首にしがみつく。「わかりきった事を言うもんじゃないよ。冷めるじゃないか。」 ミチは、全部知っている。僕も口を滑らせた事を幾分悔いながら、ミチの柔らかな背中を少しきつく抱く。 終わりが来ることは知っていた。 二人は、重すぎる。重い二人が重なり合うと、更に重みが増すから、激しく絡み合って、激しく窓枠に散るだろう。だから、ぶつかる前でよかったのかもね。 ふと、リッキー・リーのポップポップが聞きたくなってCDを探した。雨には、リッキー・リーが似合うと言っていたのは、ミチだった。 もうじき、雨の季節が来る。 ミチの好きな季節だよ。 僕は机の上で、ちょっと不満げにどうにか笑っている彼女に話しかける。 今日はたまたま、春の嵐だ。 |
この市営の建物に、このファーストフード店がある理由をぼくは、知らない。
そして、このファーストフード店がこの建物の十階という悪条件の中、どうやって採算を取っているのかは知らない。 更に、このファーストフード店で二人のおばちゃんと一緒に高校をやっと出た位の女の子が働いている理由は、まるでわからない。 でも、僕は、この場所が好きだ。 ここのカウンターの席は真正面がガラス張りで、真下に街並みが、真正面に空が見える。 僕は、この席で一番安いお茶を飲み、外の景色を眺める。 偶に、風に流された竜が雲の間に見えることがある。 鱗が、冬の薄日でさえもきらきらと輝く。巨体がうねっている。 ところがはたと、自分が流されていることに気がつくのか、慌てたように尾で雲を打つと、どこか遠くの方へ泳いでいく。 子供の頃、同じ光景を見ていたら、あれは、竜が居眠りをしていたのだと誰かに教えて貰った事があった。 風は、今日も東から西へ流れている。今日も竜が見えそうだ。 |
ひろは朝、いつものように目が覚めた(気がした。)。
ひろは朝、いつものように上体をおこして、ライトの紐をさがして、指が宙を掻いた。ところが、いつまでたっても、ライトの下にくっついてるスイッチの紐は見つからない。いつもなら、三十秒とはかからないのに、不思議なことだった。 いつものように目が覚めたと思っていた。 ところが、どこかが、違っている。 何かが、違う。ひろはそう思った。 雨戸がしまっていると、自分が何を見ているのかわからないが、でもそうではなしに、パソコンのモニターのランプもビデオのデジタルの時計も、それからわずかに雨戸の隙間から漏れる太陽の光すらも、まったく漏れてこないのだ。 ひろは、立ち上がってみた。 いつも立ち上がれば、机の角に手が届く、窓に手が届く。いつもの感覚を信じて、ひろは、その腕をあたりに伸ばしてみた。 何もなかった。何が、起こったのかまるで見当がつかない。 ためしに、前らしき方向へ歩いてみる。 いつも、踏んでいる畳の感覚とまるで違う。 そこには、温かみもそれから、畳の縁も何もない。足の裏は、なにか今まで感じたことのないような、ひんやりとした硬い何かだった。そして、わずか、六畳の部屋のはずが、どこまでも歩けてしまうのだった。何が起こったんだ?ひろには、よく理解できない。ただ、周りは黒一色の世界があるだけだ。 ひろは、そのあたりを円を描くように回ってみた。夢かとも思って、覚めるように努力もしてみた。しかし、どれも期待はずれの現実が、ただ、彼を待っているだけだった。 とりあえず、自分が夕べどういう状態で帰ってきたのか、いろいろ考えてみた。特に泥酔していたわけでもなく、何かのドラッグを試したとかそういうことでもない。考えられることは全部考えてみたが、何も思いつかない。 現実は、この非現実な世界のみ。とにかく、目の前に広がっているのは、暗闇しかないのだ。 狂いそうになった。それでも、何かを探してみた。ひろが、探すものは、何なのかさえも自分でわかっていない。 そのことに悔しく、苛立ち、また狂いそうになる。そして、また、落ち着きを取り戻すように、何かを探し始める。けれどもこの闇の中は、空腹もなく、また、疲れもない。いらないものもないけれど、必要なものもない。何もない世界に迷い込んだと知ったとき、本当の絶望が、ひろの中に生まれた。今まで、金や家族や友人やしごとにまみれた生活は一切ないが、それは、同時に自分が何かうみだすということすらも失われたのだった。 茫洋とした絶望は、はっきりとした目標物がないから、その分深い。 とにかく、ひろは、歩いてみた。歩いている間、いろんなことを想像した、家族のこと、家のこと、借金、仕事、食事、排泄、恋人、すべては、何もここでは意味をなさないのか・・・。ひろは、何日も何日も歩いてみた。最初はどこから歩いてきたのか、まるでわからない。 もしかしたら、自分はどこへも歩いていない気がする。 とりあえず時間も空間も関係ない。何をするのもまるで意味がないのだろうか、ひろは、そんなことを考えながら、今日もとりあえず横になる。 |